魔王討伐隊

 魔王は死にました。世界は平和になりました。
それは、私たちにとって、最低の結末でした。
「おはようございます!!」
 今日も扉の向こうで、無理に明るさを振り絞った声が聞こえてきます…私はうんざりした気持ちと、そして何か、うまく表現できない複雑な気持ちとともに、1日の始まりをひしひしと実感します。
 今日も私は、その挨拶に何も返しませんでした。毛布から顔を出しはしましたが、その様子を扉の向こうで知る術はありません。
「今日も、良い天気ですよ。北門の花園がとても綺麗な花を咲かせています、良いにおいがお部屋まで届いていませんか?」
ふふ、と私は笑いましたが、それは悲しさからでした。世界は、平和になってしまったのです。私たちの希望を叶えることなく。
 魔王を倒すため、東西南北それぞれの果てにある4つの塔の封印を解かねばならないと知ったあの日…”なぜそうしなければならないのか”まで、私たちは知ろうともしませんでした。そうしなければ魔王を傷つけることすらできないらしい…”なぜ”? 魔王を倒すという目的に、私たちは盲進しすぎました。
「あ、あの…」
扉の向こうの言葉が、ふと止まりました。旅から帰ってきて以来、部屋から一歩も出ない私に、毎日…それがたとえ、とりつくろった明るさであっても…欠かさず話し掛けてきてくれたあの声が、これほど沈んでしまったのは初めてのことでした。
 明日から、声をかけてくれないかもしれない…長すぎるほどの沈黙に、私の心はちくりと痛みました。
「みんなどうしているんでしょう」
ふとこぼした言葉に、きっと答えてくれる者はいないでしょう。私たちは…命をかけて旅をしていたのではなく、正確に言うなら…人生を捨てて旅をしていたのでした。そうして、世界各地に散らばり、人々の生活に諦めとともに溶け込み、絶大な力を持ち、けれども誰もかもに消滅を期待されている…そんなものに立ち向かっていたので した。
「勇者さまは…」
 私は毛布にくるまると、眠ろうと努力しました。もう、目覚めることなど無いように。

 魔王は死にました。世界は平和になりました。
…クソが。
魔物のいない草原に、俺は唾を吐いた。
 あいつは、不治の病だったらしい。
嘘だろ? 何百年も生きてたあいつが、だぜ。
俺のじいちゃんのじいちゃんのじいちゃんの時代からいたっていうあいつが、実はもうあと数日も残されていない命を、自分の時間を止めることで維持していた、だ?
 俺たちは塔の封印を解いた。…魔王は死んだ。自滅した。
そんなわけあるかよ。みんなはそう信じてるけど、そんなわけないだろ?
 みんな騙されてる。あいつはそういう奴だ。俺たちをやりすごそうって魂胆だ。
そうだ…俺たちは強くなったからな。ダンジョンに入り浸ってレベルを上げ、クエストをこなして小銭を稼ぎ、地図に無い島で強い装備を手に入れて…
 ぜんぶ、あいつを倒すためだった。この手で倒すためだった。いまさら逃がすわけにはいかない。
なのに何だ、俺が魔王を探そうって言っても、ついてくるやつはいなかった。
 僧侶のやつ、生まれ故郷を燃やされた恨みはどうしたんだ?
 魔法使いのやつ、魔王を倒さなきゃ世界最強なんて名乗れねえぞ。
 なにより、勇者のやつ…
「あいつ、どうしてんのかな…」
これは、弱音じゃない。あいつがついてこなくたって、俺は正しい。
絶対、見つけてやる。この手で倒すまで、終わるもんか。

 魔王は死にました。世界は平和になりました。
「めでたしめでたし、ってわけね」
鼻で笑ってから、最近独り言が多くなったことに気づいた。独りだから、仕方ないんだけど…でもこれからは、もう少し、ミステリアスになったほうがいい。
 パーティのなかで唯一の女だった私は、それ故の苦労もたくさんあった。でも、魔王を倒すっていう目標の前には、そんなことなんでもなかった。…ううん、耐えてた。
一番嫌だったことは…何日もお風呂に入れなかったことでも、お洒落な格好ができなかったことでも、自分の体調に…それが女性特有のものでも…そんなの関係無く頑張らないといけなかったことでもない。装備を経血まみれにしても、無駄毛がそのままでも、3人はいつもと変わらず接してくれたし、私だってそんなものにかまっ ている余裕はなかった。一番嫌だったのは、パーティの誰と”デキているのか”を勘ぐる村人たちの視線だった。
 自分が泣いていることに気づいて、あわてて裾で涙をぬぐった。まったく、涙もろくなったものね。毎日、思い出しては泣いている。私はこんなにも弱かっただろうか。
 足元をじっくり見る。素材は最高のものを揃えた。私の涙なんて、そんな不純物を混ぜるわけにはいかない。私たちが立ち向かっていたものは、純粋に強大だったんだから。
 私たち4人がお互いに抱いている感情は、家族に対する愛情と良く似ていて、それよりももっと深いものだった。出会って数時間の人と死をともにする覚悟、同じ目標、命がけの旅…私は、もう女なんかじゃなかった。それでよかった。
 実質的に魔王を倒した私たちは、一応称えられはした。でも、村人たちの視線や態度は、心からそうしてくれているわけではないことを感じさせた。倒せるわけが無いという目をしていたくせに、今度はおまえたちが倒したわけじゃないじゃないか、という目になった。私たちは称えられるために旅をしていたわけではないけれど …でも。
 …時間だ。この時を逃すわけにはいかない。素材と同じく、時間も最高のものでなければ。
呪文を唱えながら、みんなのことを思い出していた。魔王になった私に、一番最初にたどり着くのはやっぱり格闘家だろうか。魔王を探すって言ってたもんねえ。でもわたしとしては、3人揃って来てほしいな。
「魔王は勇者に倒されないとね」
この独り言だけは声に出さず、唇の端だけに留めることができた。