事件の報告

 夕日が窓から差し込んでいた。
こんなことしている暇なんかないのに。明らかに不服を顔に浮かべる部下を、警部は肘でつついた。
「そう」
警部を名指しで呼び出したくせに、この女の反応はなんだ。部下は不服顔を取り繕わなかった。半年前から連続して起きているこの殺人事件は、間違いなく今一番の話題だ。ちょっと金持ちだからって、捜査中の警部を呼び出して状況を報告させるなんて、明らかに常軌を逸した要求だった。
警部だってこんな女の言うことなんか聞かなきゃいいのに。
 窓から差し込んだ夕日は、部屋の沈黙と混ざり合って灰色になった。
「なかなか進展のある報告ができず、申し訳ございません」
重苦しい空気に耐えられなくなったのか、警部が頭を下げた。
「いえ、無理を言って色々と教えて頂いているのはこちらですから」
女主人は警部ではなく、その隣の部下の目を見ながら言った。
「捜査中お忙しいところ、本当にありがとう」
「もったいないお言葉で」
答えたのはもちろん警部だ。
 ここは女主人の屋敷だった。おそらくここは、あまり丁寧に対応しないでよい来客用の部屋なのだろう。女主人が座る椅子と小さな机、来客用のソファだけが置かれていた。警部と部下は、ソファには座らず立ったままだ。
「先週の事件でも、閣下にはお世話になりまして」
閣下はやめてちょうだい、などと女主人は言わなかった。
「閣下のご協力なしには捜査もままならない状況ですから」
「一連の事件全てが私の土地で起きていますものね」
女主人はふ、と笑った。
「私のことも疑っていらっしゃるでしょう」
「いえいえ、そんな」
わざとらしい相槌は部下のものだ。警部は小さな声で部下を叱りつける。
「申し訳ございません。本気になさらないでください」
「かまわないわ。当然のことよ」
部下にはその答えが虚勢に見える。その視線に警部が気づいたのか
「やめたまえ、そんな目をするのは…。閣下には不可能な犯行だろう」
そう言うと、女主人に微笑む。
「実は先週の現場では」
言いかけてはっと口を閉じる。
「女性に聞かせる話ではありませんな」
女主人はもう一度ふ、と笑う。今更でしょう、聞かせてちょうだい。
警部はしばらく戸惑っていたが、ふてくされる部下の顔を見ているうちに決心がついたらしい。
「そうですな…散々凄惨な現場についてご報告しているのですから」
そうつぶやくと、女主人の瞳をまっすぐに見て言った。
「実は先週の現場では、被害者の眼孔に性的暴行の痕があったのです」
どうも生々しい表現を避けたかったようだが、その試みは成功とは言い難い。
「眼孔」
女主人は一瞬考えて、自分のまぶたをおさえた。警部は頷く。
「犯人は男性の可能性が高いってこと?」
「男性器を持っていなければできない所業ですな」
警部は何故か胸を張った。
 女主人はくるりと窓の方を向いた。しばらく何か考えていたようだが、警部たちに背を向けたまま「そう」と言っただけだった。
 ノックの音がした。メイドが顔を覗かせ、紅茶をお持ちしましたと声をかけた。
いえ、もう用は済みましたから。
警部は女主人の背中に一礼すると、部下に帰るぞと声をかけた。
せっかく紅茶が入りましたのに、と引き止めるメイドを断り、せっかく紅茶入れてもらったんですから、と留まろうとする部下を制しながら、警部はそそくさと屋敷を出てしまった。
呆然と立つメイドに、女主人は声をかけた。
「紅茶、持ってきてちょうだい。あなた一緒に飲まない?」
彼女の瞳は夕日のせいで赤く見えた。