バス停

 田んぼの真中を突っ切るように引かれた道路に、黄色いベンチが置かれていた。
正確には、黄色いベンチというには古びすぎているけれど、しかし黄色だったベンチと表現するほど面影を失いすぎてもいなかった。
ベンチには老婆が腰掛けていた。老婆と表現するほど年寄りでもないが、しかしもう若くはない。
老婆の傍らには買い物袋が放り出されていた。ごつごつと膨れた袋は、許容量を超えていることを必死に訴えていたが、これはレジ係が袋の裁量を見誤ったわけではない。その証拠に、この袋のなかには折りたたまれた新品のレジ袋が押し込まれている。
 ずっと遠くから聞こえていたエンジン音が、ようやく近づいてきていた。老婆がゆっくりと左側を見やると、バスが到着するところだった。
バスはゆっくりとスピードを落とし、老婆の前に昇降口をぴったりと合わせて止まった。
コンプレッサーの音とともに、バスの扉が開いた。
「乗らない! 乗らないよ!」
老婆は買い物袋を取られまいと抱え込みながら叫んだ。
バスはそれでも念のためといったふうにしばらく止まっていたが、老婆が「さっさと行け」と身振りで抵抗するのを確認すると、扉を閉じ、ゆっくりとまた出発していった。
 遠ざかるエンジン音を見送りながら、老婆は買い物袋をまた放り出した。
 ふと、誰かの声が聞こえた気がした。いや、それは確かに誰かの叫び声だった。老婆が訝しげに左側を見やると、スーツ姿の青年が鞄を振り回しながら駆けてきた。
青年は全速力で走っていたようだが、ベンチの前で力尽きた。スーツに土がつくのも構わず、膝を地面についた。
「乗ります…」
もはや届かない思いを喉の奥から絞り出したのを最後に、ゼイゼイと肩で息をする。
道路の先を見ようとして老婆に気づいた青年は、何か言いかけて口を開くが、やはり胸からは呼吸しか出てこない。
 青年は息を整えることにしたらしく、地面に視線を戻し手のひらで体を支えた。老婆は買い物袋を少しだけ自分の体に引き寄せた。
 いつまでもそうしているわけにはいかなかった。青年は呼吸が落ち着いてきたのか、突然立ち上がり、息を吸って、息を吐くと、老婆の、買い物袋の、隣に腰掛けた。
 大きく息を吐く。
 反射的に、大きく息を吸う。
青年は顔を上げて…そしてきょろきょろと辺りを見回した。数秒考えてから、老婆に声をかけた。
「次、いつバス来ますかね」
「バス停じゃないよ」
老婆は青年のほうを見もしなかった。