庭の盥

 太陽と草の匂いが、中庭じゅうに蔓延していた。
使い込まれすぎて黄金に輝きはじめていたアルミのたらいは、あづさの足の動きに合わせて中の湯をちゃぷちゃぷ言わせた。午後に入ってすぐの空はどこまでも青く、重そうな雲は真っ白だった。
「お湯加減はいかがです」
すりきれてぺちゃんこになったタオルを抱えながら、ともよがそおっと縁側に出てきた。彼女の真っ黒な髪は、あづさの日に焼けて赤っぽくなったそれとは違い、日の光を吸い込んでいた。
「いいかげん、ぬるくなってきたけど」
水面に揺れる太陽を蹴飛ばしながら、あづさは振り返らずに答えた。ぴちゃり、とまた音がした。
 あづさの白い足は魚のようにたらいの中に遊んでいた。
 塀の向うから、きゃっきゃと笑い声がしていた。時折、塀と植木の向うに、黄色い帽子が姿を見せては消えていた。
「でも、いい気持ち」
 答えを聞く前に、ともよは靴下を脱いでいた。畳の上に置かれた薄桃色の靴下が、笑い声が遠のく塀の向うへ行きたがっているように見えた。
「入ってもいいでしょう」
肩と肩をぶつけながら、それでもしなやかに自分の隣に座ったともよが下着姿同然であったことに、あづさは驚いたようだった。返事を待たず、ともよはたらいに足をいれた。

 ちゃぷん。鈍い音がした。
あづさはそおっとともよの髪に指を絡めた。
ともよが水面を見たまま微笑んだ。

 どこからか、甘い匂いがやってきた。中庭の草の匂いとまじると、それは夏の匂いになった。
雨が降るのかもしれないと、ともよは思った。あづさは気づいているのだろうか。
ちらりと左に目をやると、自分の髪をいじるあづさと目があった。なあに、とあづさは微笑んだ。
 雨の匂いがするの
言いかけて、飲み込んだ。あづさは雨を怖がるのだった。

 いたずらっぽい、笑い声がした。塀の向うからだった。あづさは視線だけそちらにやった。ともよはあづさを見つめたままでいた。雨がやってきたのかもしれないと思ったからだ。
 ふと、あづさは蝉の鳴き声に気づいた。
 ふと、ともよは踵がたらいの縁に当たるのを感じた。
 
たらいの湯は、すっかり冷めきっていた。ただ太陽が温めるから、それは水ではなかった。
ちゃぷり、ちゃぷんと音がした。